ナカのイチの、ミシンの煙

“ナカのイチ”がヨーロッパ旅行を機に立ち上げたブログ。旅行初心者の方にとって分かりやすい資料になればな~という軽い気持ちのスタートです。お目汚しですがご寵愛ください。他に建物、漫画、映画、怪談(?)など

2017-08

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ヨーロッパ旅行感想・総括・

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僕にとっての海外旅行は、今回で2回目である。1回目は大学の卒業旅行に地元の友達4人で行ったタイである。タイに行った時は人生初飛行機、初海外、初バックパックといった初尽くしであったので、また社会の仕組みの何たるかも知らないケツの青い時期であったので、 目に映るものは限りなく新鮮で、また本人に社会的常識が少ない分、常識を若干逸脱したことも今となっては若気の至りといった感じでもある。それに比べての今回は、密度の濃い社会人経験を数年へた上での旅行である。あの頃に比べて幾分常識も持っているし、また無謀な無茶とは別の、最低限必要な度胸も社会経験において培った上だという自負というか自信のようなものを兼ね備えての旅行である。仕事の都合で飛行機にも何度か乗っているし正直、余り初めてというのは無い。ただし、過去の海外旅行の時と比べて僕にとって最も大きな不安となったことは今回は「一人旅」ということである。しかも「一ヶ月」、「初先進国」。学生時分は旅行中の僕はどちらかというとスピーキング担当でヒアリングは友人に任せていたふしがある。しかしそれら全ても今回においては誰に頼ることもなく、僕が一人で全てしていかないといけないことである。正直英語も中学生レベル以下の内容しか自信の無い僕が旅行当日までも余り勉強するといったことをしなかったのも、社会経験を経て一種の「ふてぶてしさ」や「まあ、何とかなるでしょう。」といった良い意味でも悪い意味でも「度胸」がついたことに他ならないからだと思う。
 そんなこんなでヨーロッパである。元々いつかはヨーロッパに行きたかった。学生の時からガウディー作品群は一生に一度は見に行きたいと決めていたし、他にも行きたいところはあった。そもそも今回の西欧一週は自分でも実のところ出来るとは思っていなかったし、そこまで考えていなかった。正直バルセロナかギリシアかもしくはイタリアへ行ってみたいな、とか、世界遺産に行きたいな~とかそういうレベルである。何故思いついたかというと、ふと本屋の旅行コーナーで立ち読みをしていて列車にのってヨーロッパを旅しようという様な内容の本を読んだのが発端であったと思う。丁度そのころは僕も人生においてこんな自由気ままなチャンスはもう無いだろうとは思っていたし、また、自分のもといた職場で僕より前に退職した人達よりも凄い旅行をしてやろう!とか、同業の人に「あの建物は俺実物みたで。」といわれたりすることに、少々腹がたっていたというか実物を見ていない自分に対しコンプレックスのようなものもあったと思うし、それら含めてなんか凄い旅行したろうという気持ちだけは漠然と産まれたのである。その中で凄さの上を目指せばキリが無いわけで、徐々に自分の背丈に合わせて行き先や期間を調整していった結果「西欧周遊一ヶ月、鉄道での一人旅」ということなのである。
 旅行を終えてみての感想であるが、なにはさておき「行ってよかった」である。大げさでもなんでもなく、確実に自分の人生観というか世界の見え方は変わったと思う。それは大きくてハッキリとしたものでは無く、小さく、分かりにくいものであるとは思うのだが。もしかしてその気持ちすら偽りかもしれないと思うが、それは今後の僕の人生が答えを出してくれるかもしれない。ただ、建物を見る目は確実に変わったことは言える。
 ヨーロッパにきて特に感じたのだが、正直学生時分には分からなかったウィリアムモリス氏の気持ちがよく分かる。彼は手工業の復活を願い、その運動として「アルヌーボー」を行なっていたのだが、日本との決定的な違いは歴史を感じさせる街が多いということだ。街並みにおいても世界遺産は多く、一般的に旧市街というのだが、その様な街並みは一般的に日本では余り感じさせられないというか、なかなか見つけられない。昔の建物と、近代の建物を見比べて感動を受けるのは圧倒的に古い建物の方が数が勝っている。それについては違う宗教観や当時の風俗に触れることの出来るという意味で、つまり異文化に触れるという意味での感動が大きいという可能性もあり、もっと素直に、頭を空っぽにしてみて、純粋にどうなの?といえば、実際わからない部分もある。ただ、この様に書くのは僕自身、常に物事を公平に考察しようという意識があるため、伴い常に反対の見方も考察するからである。正直な気持ちをいえば、やはり過去の建物は偉大であるということだ。一つ一つのその建物は到底一人の力で成しえるものではなく、延々と続いてきた文化的土壌(宗教観、風土、工法)を元に、その装飾、彫刻は一人一人の芸術家、職人、建築家、パトロン全ての技術や思いの複合のものである。現代においては一人の建築家の意志が前面に出ているため、1つの建物に見所が一個とか二個とかその様な印象である。ようは昔の建物の方がそれのもつ「深み」が多いし、大きいと感じるのである。一人の力で創る建物のもつエネルギーというものはたかだかしれたものという思いが強い。当然日本でもそれを感じさせる建物は多いのだが、ただ、触れる機会や保存しようとする意識は圧倒的にヨーロッパの方が勝っているわけで、帰国していかに今まで日本がそういった過去のものをないがしろにしてきたかが良く分かった。意識して奇をてらうことなく、王道を見ていきたい。最近は日本でもコラボレーションという概念が増えてきているが、良い傾向だと思うし、また、その範囲をより広げていく必要もあると思う。またそれと同時に日本の文化の素晴らしさも良く分かる。ヨーロッパ諸国のように自然に対抗するための建物ではなく、自然とともに歩むといった風情の様式。外国の方から日本のそういった古い建物や伝統的な建物をみると、その世界観は全く異質なものであり、またそういったものが身近に無かったが故、その良さというものに彼らの方が貪欲に気付くのであろう。僕も気付いてしまった以上は負けていられない。地の利を活かし、やはり見れるものは見ないといけないと言った気持ちが強く湧く。
 人について・・・というかその風習に関してすごく感心したことがある。それは、「挨拶する文化」ということだ。何処にいっても、何を買うにしても「こんにちは。」という一言は欠かすことが出来ない。これは素晴らしいことだと思う。日本に帰ってもこの習慣だけは続けようと決意した。が、実際窓口とかで常に「こんにちは!」とか言っていたら、どうやら相手の方が戸惑い気味なのである。正直、この感想を書いている現在は続けていない。日本人の文化には最初の挨拶はそぐわないようだ。挨拶する文化ってすごく素晴らしいと思うので、是非見習うべきだと思うのだが・・・。する!とか、しない!とか決めるので無く、僕としては、基本、挨拶をする気持ちを常にもっておこう。自然に挨拶をどこでも交わせるように心がけておけば、相手を戸惑わすことなく、ここぞという絶妙なポイントで挨拶をバシッときめていけることであろう。
 食事については、どの国でも基本は「美味しい」である。日本人の口に会うと思う。味に関しての苦労はさほど無い。最も料理というか「不味い店」というのは存在するのだが、それについては身をもって味わったのである。
 余談であるが中国人旅行者は多かった。またスイスを除き、基本的に犬の糞がいたるところにゴロゴロとしている。当然、一回だけ「運(ウン)がついた」。ただしその瞬間はそんなしょうもない駄洒落を頭に浮かべる余裕など皆無であるわけだが。
 日記にも書いたが、この一ヶ月に4カ国というのは丁度良かった。僕にとっては絶妙な選択である。旅行最後に近づいても、もっと滞在したいとか、早く帰国したいとかは全く思わなかった。ただ、丁度良いとだけ思ったのである。他の人の話では7~8カ国周る人もいるけれども、学生時分のタイ旅行は滞在期間2週間であり、それでも物足りないと感じた。それを踏まえても最低でも各国の滞在期間は1週間以上確保したかったのである。それでも一ヶ月という制限を設けている中で、その国々を味わう最低期間を滞在してかつ最も多くの数を周ろうと思い導き出した結果が4カ国なのである。
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